「スパイの妻」 歴史サスペンスからサイコホラーに飛躍する、女と男の騙し合い ネタバレあり

MOJIの映画レビュー
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スパイの妻(2020 日本)

監督:黒沢清

脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清

撮影:佐々木達之介

編集:李英美

音楽:長岡亮介

出演:蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史

 

①クラシックで斬新な作品!

黒沢清監督ヴェネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞!の本作。

もとはNHKのドラマだったそうです。ドラマ版は見てません。

面白かった! 素直に、面白いエンタメ映画でした。

 

毎回、クセの強い映画を作る黒沢清監督ですが。

今回は非常に古風なテイスト。

劇中にも登場する古き良きクラシック映画のような、あえての古めかしいスタイルが選ばれています。

戦時中の神戸。上流階級のセレブな生活。国際的な陰謀渦巻く騙し合いのコンゲーム。

上品な奥様言葉で話す蒼井優が、謎めいた高橋一生とつばぜり合いを演じる、美男と美女の歴史サスペンス

 

そんな古風な舞台装置の中に、黒沢清らしい軋みが垣間見えて、ホラー的な怖さを感じさせる瞬間が入り混じってくる。

そこがこの映画ならではの味と言えますね。

 

戦争への是非が背景になっていて、満洲での関東軍の非道行為が出てくるのだけれど、戦争と平和というテーマはどっちかというとマクガフィンのようなものになっていて。

メインはラブストーリーを軸とした、騙し合いの心理サスペンス。あくまでも面白いエンタメであることを第一義とした映画だと思います。

 

本作は二転三転するサスペンスなので、できればネタバレ知らずに観た方が楽しいと思います!

本稿はネタバレありなので、未見の方はこの先読まずに映画館へどうぞ。

 

②歴史サスペンスから、サイコホラーへ

1940年。福原優作(高橋一生)は神戸で貿易会社を経営し、妻の聡子(蒼井優)と共に裕福な生活を送っていました。聡子を主役に映画を撮ったり、スパイ容疑をかけられたイギリス人商人と親しくしたり。聡子の幼なじみで憲兵隊長の津森(東出昌大)はそれを快く思わず、優作の身辺を調査していました。そんな折、優作と甥の文雄(坂東龍汰)は満洲へ視察に出かけ、そこで衝撃的な事実を知ってしまいます…。

 

優作と文雄は満洲での関東軍731部隊の非人道的行為を知り、それを国際世論に訴えることを目指して行動していくことになります。

コスモポリタンを自称する優作としては当然の行為だけれど、当時の日本としては明らかな売国行為ですね。当然、露呈すれば拷問されて死刑…ということになる。

 

優作は聡子の安全のためにそのことを秘密にしているのだけれど、聡子は夫の微妙な変化を感じ取り、夫への疑いに悩むことになります。

特に、満洲での証人となる看護婦の女性を優作が連れ帰ったものだから…その女性がまた怪しげな美人なものだから、聡子の嫉妬の炎はメラメラと燃えることになっていきます。

 

面白くてびっくりさせられるのが、ここからの聡子の行動です。

通常の映画のセオリーだと、ヒロインがやっていい行動じゃないですからね。

ここから、驚くべきダークヒロイン…ホラーのヒロインとも言うべき存在へと、お嬢様だった聡子はどんどん変貌して行くことになります。

③愛のためなら手段を選ばない聡子の怖さ

本作は過剰な説明のない作品で、だから受け取り方によって、様々な見方をすることが可能だと思います。

いかにして軍の非道を暴くか…という、政治的・歴史的なサスペンスを主として観ていくことも可能。

でも、聡子に焦点を絞ると、ラブストーリーを主軸としたサイコホラー…とでもいうべき見え方に変わるんですよね。

 

中盤から、聡子を動かすのは激しい嫉妬心

嫉妬をきっかけにあらためて燃え上がった、優作への愛情。

そして、どんなことをしても優作を手放さないという強い意志です。

 

そのためなら、仲のいい甥っ子だった文雄が残酷な拷問を受けることも気にしない。

むしろ文雄を排除して、その位置に強引に自分が入り込んでしまう。

文雄も、満洲から連れ帰ったという女も押しのけて、自分が優作の陰謀のパートナーになってしまう。

そうして、簡単には自分を捨てられない状況を作り上げるわけですね。

 

聡子は優作が持ち帰ったフィルムを見て、その惨状に心を動かされて協力することに決めた…ということに、表面上はなっていますが。

しかし、もし本当にそうなら、優作と文雄を応援して自分は身を引く…という選択もあり得たはず。聡子の本音は、社会正義なんて本当はどうでもいい…って感じじゃないでしょうか。

どこまで自覚的かは、わからないけど。聡子本人の中では、社会正義のために動いているつもりなのかもしれないですけどね。

 

優作と秘密を分け合って、亡命計画の準備を進めていく聡子は、俄然生き生きし始めます。

現金を貴金属に変えるため、路地裏で宝石や時計を買いまくるシーンの楽しそうなこと!

 

「あなたがスパイなら、私はスパイの妻になります!」と宣言する聡子。

「いや、俺はスパイではないんだけどね…」と優作。

こういう、ちょっとズレた、天然の女の怖さを演じさせたら、蒼井優は見事ですね。

④スケールの大きな、女と男のすれ違い

同じものを見ていても、優作と聡子では見ている世界が全然違う。

これ、男と女の世界の見方の違いが、大きく誇張されているのだと思います。

男は、正義とか、義務とか、社会的な使命なんかを重視する。

女は、目の前の夫婦の生活とか、嫉妬心とか、独占欲とか、愛情とかいったものに動かされていく。

 

女性は感情的で、男性は論理的

一方で、男性は夢見がちで抽象的であり、女性は打算的で現実的である…という言い方もできます。

 

こういう男女のステレオタイプを言い過ぎると、今時はジェンダーフリー的な視点から批判されちゃいそうですが。

でも、心理的な男女の違いは現にありますよね。普段、何かと噛み合わない思いをすることは、男性も女性も互いに経験があるんじゃないでしょうか。

 

本作では聡子が感情の赴くままに暴走していきます。

その様子は、確かに痛快。戦時中という女性が抑圧されていた時代に、男たちを手玉に取って、国家権力をバックにした暗い暴力さえも意に介さずに、グングン突っ走って行くのだから。

でも、その裏で文雄が爪をひっぺがされているかと思うと、やっぱり怖くもあるんですけどね。

 

本作がバランスいいと思うのは、そんな女性に対する男の論理の側を、決して正しいとは言い切れない、微妙なものに描いているところ。

自分の感情を優先させてしまう聡子に対して、優作の「巨悪を告発する」という正義の立場は揺るがないようなんだけど。

でも、日本が国を挙げて戦争してるこの時代にあって、個人の幸せも、妻も家族も会社の従業員もみんな犠牲にして、正義を貫く愚直さが本当に正しいと言えるのか。

 

コスモポリタンを自称する優作は、証拠をアメリカで発表しようとする。それによってアメリカの対日参戦が早められ、結果的には戦争が早く終わるのだ…と優作は言います。

しかしアメリカ参戦の結果何が起こったか、後世の我々は知ってしまってるわけですよね。

戦争を早く終わらせる効果は、もしかしたらあったのかもしれない。でも同時に、二度の原爆投下という人類史上に残る大きな悲劇も導かれたわけで。

国際社会は理知的であって、日本軍の野蛮とは違う…という優作の考えは、いまにしてみればナイーブすぎると言えるでしょう。

 

国際的な正義を貫く崇高な意志は同時に、現実と乖離した理想主義でもあり。

愛する人と一緒にいたいと願う純粋な想いは同時に、邪魔な誰かを蹴落としてでも…という残酷な身勝手さでもある。

また津森の、日本の秩序を守ろうとする使命感は一方で、恋した女への横恋慕でもあるんですよね。

そんふうに、完璧な人なんていないし、だからこそ人間は怖く、そして面白いのだと言えるのでしょう。

⑤人間の小ささ、その果ての狂気

終盤の優作の行動も、明確な答えは示されない。いろんな取り方のできるものになっています。

聡子のためを思い、罪を着せず安全な日本に残した…という取り方もできるけれど。

でもやっぱり、これは復讐でしょうね。文雄の件一つとっても、許せなくて当たり前だと思うし。

聡子は文雄のことなんてもうとっくに忘れてそうですけどね。

 

聡子は「なんだって我慢できる。優作さんと離れ離れになることだけが、耐えられないこと」と言っていました。

だからこそ、優作はあの行動を選んだんでしょうね。

 

だからやっぱり、ここも人は完璧になんてなれないということだと思うのです。

一方で国の運命を左右する大きな秘密を扱いながら、一方では個人的な恨みや憎しみの鬱憤を晴らすことをせずにいられない。

 

ラスト、聡子は「私はまったく狂っていない」と言いながら精神病院に入り、そこから空襲で焼き尽くされる街を見渡すことになります。

「こんな時代だから、正気である自分こそが精神病院にいなくては」という聡子のセリフは、割とよくあるセリフではあるけれど、この世界観の中ではまた別種の意味を持って響きますね。

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戦争という大きな時代の悲劇も、突き詰めていけば個人の行動の集積であって。

そしてその個人というのは、愛であったり憎しみであったり、嫉妬や独占欲や復讐心であったり、ちっぽけな動機に動かされる存在に過ぎない。

そんな悲喜劇とでもいうような個人個人の騙し合いの果てに、ドカンドカンと爆撃されて瓦礫になっていく街。

そんな世界は確かに、狂ってるとしか言いようがないかもしれないですね。

 

本作は本当に、一見非常にクラシックな世界で。

軍が追う機密をめぐって亡命を目指す展開も、男女のすれ違いも、最後の精神病院も、海辺で慟哭するラストシーンも、いつかどこかで見たような…既視感のある世界では、ある。

でも、そこにどこか得体の知れない軋みがある。聡子の、過去の映画のヒロインでは普通あり得ない行動という1つのポイントが加えられることで、映画全体が見え方を変え、不気味な狂気の世界へ歪んでいくことになっているんですね。

 

そういえば、脚本に参加している濱口竜介氏の監督脚本作「寝ても覚めても」も、一見ラブストーリーのように見えて異様に歪んだホラーのような作品でした。僕はこちらは正直、あんまり合わない映画だったんですが。

でもなんか、確かに共通する味のようなものがあった気がします。本作は土台となるのがクラシックなスパイものというフィクション味の強いものだったので、より効果的に作用したのかもしれません。

 

僕はイヤミなレビューを書いちゃいましたが。考えてみれば、東出昌大の持ち味を上手に使ってるんですよね。この映画も、本作も。

 

黒沢清監督の前作。本作とは全然違う作風。僕はとても好きな映画でした。

 

黒沢清監督の前々作。宇宙人が地球を侵略するSF。

 

 

 

 

 

Source: MOJIの映画レビュー

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